小説 「年とる前に死にたいぜ」7

 



 透は彼女の進む方へ歩いた。彼女はセンター街を抜けて元町の駅まで歩き、高架下の商店街に入って行った。その商店街には宝石・時計屋やコンバースだけ売っている靴屋、ウルトラマンのフィギュアが沢山売っている中古玩具店、革ジャンパー専門店、中古の携帯電話ショップ、ネイルサロンなんかが入っていた。

 商店街は西へ行けば行くほどシャッターの店舗が増え、人も疎らになっていく。開いているのは目に焼き付く色彩のエロ本やどこの誰が拾ってきたか分らない漫画雑誌を売っている古本屋とか、怪しげなアロマ・ハーブ専門店で、通りは人の汗のような臭いがした。透はホームレスの寝床になっているのではないかと嫌な想像をしたが、安永睦美は引っ張っていく。彼女が立ち止まったのはいくつかのレコード屋とTシャツ専門店、古本屋、スポーツのレアグッズが置いてある雑貨屋。それと模型屋のショウウィンドウを二人で眺めたくらいだったが、透には彼女が目を止めるものが何から何までよく分からなかった。原色のレコードジャケット、Tシャツに描かれている外国のバンド、アメリカンフットボールの選手のサイン入りのヘルメット、彼女はそれらを透に見せるたび何やかや説明して面白そうな様子だったが、透にはそれら全てが自分とは遠く離れたものに感じられた。透はこの清浄さを欠いた空間と身元不明の異臭に吐きそうになりながら、それでも彼女が自分をあの日の彼女のようにしてくれるのではないかと彼女の欲望に従う。

「もうこんな時間やで。ご飯食べに行こうか」と安永睦美は切り出し、「何食べたい?」と透の希望を聞き出そうと試みるが、透は「そうやなあ。何でもいいけど」とその試験を棄権した。

「じゃあ、中華は?」

「いいね」

「よし、それじゃあもう一回三宮の駅の方に行こか。餃子と焼き飯の美味しいお店知っとんねん」

「また歩くんけえ。よう歩くなあもう」

「ええやんか。ほんまに美味しいんやから」

 中華料理ならすぐそこに中華街もあったが、そちらは値段も張りそうだったので、やはり透は彼女について行くことにした。

 安永睦美は餃子と焼き飯を、透は同じものにラーメンを追加して頼み、その後安永は二人でつまめるエビ天も追加した。透はここ数年で一番腹が減っていた。

 その店は三宮駅の北側、生田神社の鳥居前の人通りの多い通りにある。小さな、しかし夫婦で経営しているにしては広く美人のアルバイトも雇っているそれなりに繁盛していそうな中華料理屋だった。二人は丸い小さなテーブルに向かい合わせで座り、安永睦美はエビ天にレモンを絞って一つずつ手で取って頬張っては焼き飯を食べ、また餃子をたれにちょっとつけて口に放り込んでは焼き飯を食べ進めた。彼女は手に取った物は必ず一口で食べ、蓮華にはちょうど一口分しか掬わなかった。透は、彼女が口にパクッと入れてモグモグ食べる様子を気持ちがいいなあと眺めながら水を飲み、ウワッと一気に平らげた。透は結局彼女の餃子を三つ貰った。彼女はごちそうさまと言い、透もそれに続いた。

「太田君、もうちょっとだけ付き合ってくれる?」

 透はもう帰るだろうとも考えていたが、ムツミにそう言われるとやっぱりそうくるかと思ってしまう。

 


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